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2020.11.19

政治的に可能な安全保障の手段を広げる日本

2020/11/19      的場 博子

 

安倍元首相は、日本における安全保障問題における政治的手段を拡大した。今年10月24日、英国シンクタンクであるポリシー・エクスチェンジは安倍政権の戦略を分析し発表した。

これによると、「安倍氏は外交・安全保障問題における 『政治的に可能な領域』を拡大し、国政の主要なツール間の調整を強化した。インド太平洋地域に焦点を当てた世界観を日本の外交・安全保障政策に組み入れた」と報告している。

 

日本の政治家たちは、外交と安全保障は選挙投票につながらないと、政策作りから逃げ続けていた。またマスコミも他国の動向を報じることに消極的だった。特に90年代以降、海外特派員記者も減り、日本は内向きになり、経済大国でありながら世界に存在を見せることがない年月が過ぎていった。しかし、再登場した安倍首相は、新たに「価値観外交」という外交方針を打ち立てた。

 

これにより、民主主義や人権を尊重する日本の外交や協力と「そうでない外交」の差が浮き彫りになった。しかし、価値観だけで外交が通用したのか・・・、その結果は「自由で開かれたインド太平洋構想」の実現につながった。アメリカとインド太平洋を繋ぐことができるのは日本しかない、と今でこそ識者たちは言うが、これまではそのような構想を、世界に向けて提案する日本の政治家はいなかった。

 

同シンクタンクは安倍政権に関する分析で以下のようなポイントを上げた。

第1は「政府は、大規模な政策見直しの背後にある、予測される安全保障環境での当事者意識を持つ必要がある事だ。日本の事例は、価値観や願望がその時代の地政学的現実に根ざしている世界観では、優先順位を設定し、それに見合う資源配分をするのが不可欠であることを強く示唆している」

戦後70年以上日本に欠けていたのは自国の領土や利益を自らの力で守るという当事者意識だった。周囲を広い海に囲まれ、米軍基地が配備されたままという稀な条件で、政治家は安全保障について考える力を衰えさせてしまった。そのなかで安倍政権は安全保障の優先順位を決め、資源配分を行なった、とシンクタンクは見ている。

さらに、将来の安全保障の大きな柱となる「自由に開かれたインド太平洋構想」の公式文書化していないことも前向きな分析をしている。それは現在のように、アメリカの方向が定まらない状況では、固定された構想では対応できない場合があるためだ。同シンクタンクは、この構想と安全保障との関わりを、政府はまず国家公務員など行政レベルが周知することを優先した、見ている。

 

ポイントの第2は「政策の実施が最大限の効果を発揮できるようにするためには、政府の明確な指針と、それを実施するための適切な手段が、省庁間の調整方法と合致している必要がある事だ」政治と行政は両輪である。政治が方針を出し、行政が適切な手段で遂行しなければ、国は立ち行かない。同分析では、その政策の立案には国家安全保障会議(NSC)と国家安全保障局(NSS)が重要な役割を果たしているとみている。

 

ポイントの第3は、日本国民の多くが改めて知らなければいけない外交の現実を示唆するもので「国際的な地位を再活性化しようとしている国にとって、国際安全保障を形成する 「積極的な」 貢献者として、軍事力に代わるものはない」と断言する。さらに「ソフトパワーとハードパワーのバランスは、特定の政治的および地理的状況によって異なる可能性があるが、それらは信頼性を伝え、影響力を生み出すために共生的に働く。これは、国家対国家の競争という地政学的競争において特にそうである。その競争では、ハードな能力がもたらす信頼性に代わるものは存在しない」と述べている。

日本人が信じる平和的外交はひとつの理想である。現実には「平和を守ろう」と約束して、もしそれを破ったら「我々は必ず(経済的または軍事的に)報復する」という軍事力があるから、約束が守られる。

 

英国は2008年以降、中国の多額のインフラ投資などを受け入れてきた経緯がある。その結果、すっかり中国頼みの経済になってしまった。同シンクタンクは「2010年初頭以来、日本は中国の経済的報復の最前線に立っており、安倍政権の下、日本政府は多様化と強靱性の組み合わせを追求することで、中国への経済依存、特にサプライチェーンへの依存を減らそうと積極的に取り組んできた」と見ている。その取り組みの結果はまだ明らかではないが、日本の経済界や産業界が中国頼みであったにもかかわらず、政治では中国依存を減らそうしていることを、ファイブアイズのメンバーである英国シンクタンクが認めている。

 

安倍政権下で生まれた「自由に開かれたインド太平洋構想」は現在、日米豪印が協力して対中包囲網となるQUAD(クアッド)構想に進化している。

10月23日、カナダに拠点があるユーラシアン・タイムズ紙は「ロシアと中国の軍事同盟―これはインド、米国、そしてそのQUAD構想に対する中国の答えか?」と題する記事を掲載した。ロシアのプーチン大統領は、ビデオ会議で、将来中国との同盟の可能性について排除しないと述べたからだ。

 

 

同紙は、「プーチン大統領の発言は時期尚早であり、その場合にはかなりの時間がかかる可能性が高い。しかし、世界全体が現在の流動的な状態にあることを考えると、この種の同盟が近い将来に正式なものとなることは非常に重要である」と推測した。

ところが、これは同大統領だけの思惑ではなく、中国の意向も加わっているのだ。

今年11月12日の中国環球電子網(英語版)が行なったインタビューでイラン人の地政学専門のアナリストが、「中国の王毅外相が、中国とロシア、イランなど湾岸地域でアジア版NATOを作ろうと、言った」と伝えている。つまり中国も同様の構想を持っているわけだ。

ロシアと中国は長い国境で接していて、領土問題は今も続いている。それでも将来的に同盟の可能性を伺わせる大きな要因が生まれようとしている。

 

それは、日本とアメリカ、豪州、インドが行うQUAD(日米豪印戦略対話)である。

QUADはアジア版NATO軍事同盟と言われる。ただ、現在アメリカ大統領選挙の結果待ちの状態がしばらく続く懸念が大きく。先行きは不透明である。

しかし、11月18日、菅義偉首相はアメリカ海兵隊のバーガー総司令官と会談。「自由で開かれた

インド太平洋に向けて日米で引き続き連携したい」と表明している。

さらに同日、QUADの構成国オーストラリアのスコット・モリソン首相が来日し、安倍元首相と菅首相とそれぞれと会談した。このことは安倍元首相の構想を菅政権が引き継ぎ、軍事関係を強化する防衛協定に原則的に同意するためのものである。

協定内容の調整はまだ必要であるが、これを報じたオーストラリアのメディアを見ると、「歴史的な日豪防衛協定」と形容している。一方、中国国営メディアは激しく批判し、いつか代償を払うことになると脅かしている。

 

オーストラリアは、今年、「武漢のコロナウィルスの発生源を第三者機関が調査する必要がある」と発表したことから、中国から牛肉、大麦などの禁輸措置を受け大きな打撃を受けた。しかし中国に譲歩しないのは、直面する中国との問題が、貿易だけではなく、安全保障に関わることを認め、政府が前向きな対処をしているからだ。またオーストラリア国民はこれを支持している。日

豪の結びつきが防衛協定で強まれば、不透明なアメリカの方針にも、説得の強い足掛かりとなる。そして、中国と国境紛争が続くインドにとってもこの同盟の重要度は大きい。アメリカの参加が不透明であるなら、なおのこと日本は二重三重の備えなければならない。同盟は戦争をするためにあるのではなく、無用な衝突を避けるためにあることを菅首相もアメリカに対し訴えるべきである。

 

出典)

ポリシー・エクスチェンジの報告書

https://policyexchange.org.uk/wp-content/uploads/Shinzo-Abe-and-Japan%E2%80%99s-Strategic-Reset.pdf

 

ユーラシアン・タイムズ

ロシアと中国の軍事同盟ーこれはインド、米国、そしてそのQUAD構想の対する中国の答えか?

https://eurasiantimes.com/russia-china-military-alliance-is-this-the-chinese-answer-to-india-us-their-quad-aspirations/

参照)

中・ロ国境問題の最終決着に関する覚え書

http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/coe21/publish/no8/page73_81.pdf

 

政治的に可能な安全保障の手段を広げる日本

ロンドン

Daniel ChapmanFlickr

  • CC BY 2.0
  • File:London from a hot air balloon.jpg
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