TRANSLATED ARTICLES

ザ・ボイス~先住民の声を憲法に加えるための国民投票

ザ・ボイス~先住民の声を憲法に加えるための国民投票

令和5年12月29日 ハリソン美保子(オーストラリア在住)

 

2023年10月14日にオーストラリアでザ・ボイスという名の国民投票が行われました。その内容は、「アボリジニ人とトレス海峡諸島の人々を含む先住民の声を国会に反映させること。そのために先住民代表を議会に入れる事を憲法に書き足します」というものでした。
 
読者の方にとっては、オーストラリアの先住民族問題は日本とは関係ないように思うかもしれませんので、本題に入る前に筆者が今回このトピックを話題にしようと思った動機を先に伝えておきます。オーストラリアと日本両国では成り立ちの違いはあれど、「先住民族」に関する保証や法改正が勧められているという事実があります。そしてその背景には、国連アジェンダ2030が少なからず影響していると思っています。国連アジェンダ(仮訳)①を一度ダウンロードし、「先住民」というキーワードで検索をかけると6つの検索結果が出ますので、是非お試し下さい。

 ①  我々の世界を変革する:持続可能な開発のための 2030 アジェンダ

 
日本では、平成19年9月13日に「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が国連総会において採択され、平成20年6月6日には「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が衆参両院全会一致で採択されました。アイヌ民族を国が先住民と認め、続いて沖縄の琉球民族を先住民と認めさせようという動きがあります。国連アジェンダ2023には、はっきりと先住民という文字があり、それに関する動きが広がっているのです。
 
最近のオーストラリアでは、先住民に関し様々な変化が起こっており、良い面とそうでない面があります。これは、私たち日本人にとって決して無関係ではなく、他の国の事例を知り、自分達の場合はどうすれば良いのか?としっかり考えていくことが大事だと思います。今回、オーストラリアで行われたザ・ボイスという国民投票の様子や結果を通し、私たちは何かしら学ぶことが出来ると思うのです。
引用:内閣官房アイヌ総合政策室
 

オーストラリアの歴史
オーストラリア連邦政府は1901年に成立し、6つの州と2つの準州(テリトリー)からなる連邦国で正式名称はCommonwealth of Australia (コモンウェルス)です。1901年以前のオーストラリアは、6つのイギリスの自治植民地の集合体であり、それらの植民地に対する最終的な権限はイギリス議会にあったため、イギリス法が必要でした。しかし、憲法はオーストラリア人により考案された文章で、オーストラリア人によって承認され、それ以来独立国家となりました。
引用:Australia’s Constitution
 
オーストラリア法第 128 条は、憲法のいかなる変更もオーストラリア国民の承認が必要であると規定されています。憲法改正のための国民投票は過去44回あり、そのうち8回可決されました。(オーストラリアでは、投票をするのは国民の義務であり特別な理由がない限り無投票は罰金を課せられます。)可決された8つのうち今回話題にしているアボリジニに関する国民投票もありました。

 ① アボリジニ:連邦がアボリジニの人々のための法律を制定できるようにする。連邦または州の人口数にアボリジニの人々を含めることに対する禁止を解除する。(1967年)

 ② 住民投票:領土各州だけでなく準州の選挙人も憲法国民投票で投票できるようにする。(ここで言う準州はノーザンテリトリーのことで、一枚岩で有名なウルルがある場所であり、多くのアボリジ二人が住んでいる地域です)(1977年)

引用:Australian Election Commission

 
ザ・ボイス イエス・ノーキャンペーン
今回の国民投票が行われる数か月前から、賛成派と反対派の両者でキャンペーンが行われました。選挙管理委員会が『リファレンダム・ブックレット』を作成し、郵送で全国民に送られました。その内容は投票の仕方以外にも、それぞれに賛成派が賛成する理由、反対派が反対する理由を決められた枠の中で国民に伝えることができるようになっていました。
 
そもそもこの国民投票が行われることになった発端は、現オーストラリア代表のアンソニー・アルバニージー総理大臣であり、電気代が高騰している最中であるにもかかわらず364億ドル(約350億円)もの税金を使ったと言われています。同氏は、ザ・ボイスの賛成派であり積極的に先住民や有名人を起用するなどして、イエスキャンペーンに力を入れていました。キャンペーンでは、両派ともコマーシャルやディベート番組のテレビ放送、その他ポスターやイベントなどで選挙義務のある国民が自ら選択出来るように情報の提示などが行われました。
 
賛成派の意見は、「とにかく先住民の声を国会や議会で反映させることが必要」「ザ・ボイスはオーストラリアが一つにまとまるために大事なステップ」「先住民のためになる」というような意見が多く、一方、反対派の意見は「憲法に先住民の声だけを入れる事自体が分断になる」「ザ・ボイスを可決する前に、先住民の代表者がどのように決まるのかなど詳細がなにもないのでリスクが大きすぎる」「憲法改正は一度可決してしまうと半永久的に戻すことが出来ないので慎重な話し合いが必要」という意見でした。同時に、ザ・ボイスという国民投票の議題そのものの意味や意義が明確にされていないことに対し、疑いや不安を訴える意見が多くありました。
 
この間、オーストラリアの選挙権を持たない筆者は、周りのオーストラリア人がどのような選択をするのかとても興味を持ってみていました。家族間、友人同士、コミュニティの中にいると、必ずと言っていいほどザ・ボイスが話題に上がり、それぞれに「自分はどう思う」という意見交換をしていました。また、「本心はノーだけど、イエスと言わないと差別者と言われるので困っている」「自分と家族の意見は対立するから、その話題には触れない」というような複雑な心境を語る人もありました。今回のキャンペーンは、つい最近に起きたワクチンの時の社会の様子を思い出させます。それは、意見が違うことで分断が生じ、論理的な議論ではなくレッテル貼りなどの批判もあったようです。本来、オーストラリアはディベ-トが上手な国民ですが、最近は意見に対して意見を言うのではなく、人格を責めるような発言が増えているのが現状です。
 
これらの両派の激しいキャンペーン後、10月14日の国民投票により先住民の声を憲法に入れる提案は、全州にて過半数により否決されました。
 
今回の結果を振り返って思うこと
ザ・ボイス支持者の強烈な押しが目立ちました。例えば、先住民はもちろんオーストラリア人にとどまらずアメリカのセレブを起用してのメディア宣伝。「これでオーストラリアがひとつになる」「先住民のためになる」という感情論からのアプローチでしたが、実際の内容に関しては情報がなく空っぽでした。
一方、一度憲法改正を通してしまうと、その後に起こる可能性が無限にあるにも関わらず、その点には一切触れていないことから、反対派はリスクが高すぎると警告。例えば 、「国会で決める様々なことに先住民の許可が必要になる」「これから先住民(を通して)国がお金を請求される可能性がある」「過去何万年と遡って保障を請求される可能性がある」(最近の歴史では、アボリジ二人は6万5千年前から住んでいるとされています)「先住民を利用する人が出てくる(既にいる)」「本当に必要な所へ援助が届かないことが続く(現在もある)」という見解でした。
 
結果的に、国民の過半数以上がザ・ボイスを拒否した理由には、 「これらの保障金は国民の税金から支払われる」「同じ国に住むひとつのグループのみを憲法に入れること自体が分断」「国の繁栄に繋がらない」も含まれていました。オーストラリア人の良い所は、国民同士で頻繁に意見の交換をすることに加え、賛成意見と反対意見の両方を聞いて、より大きな視点で物事をみること、そして投票に行くことだと思います。
 
ザ・ボイスの経験が日本に与える教訓
今回投票が否決されたということは、政府のプロパガンダが、アボリジニの人々を認知すること以上にまやかしや別の企みが見え隠れしているということを危惧した国民が多かったということを示しています。このような国民世論の形成に至った風土として、いくつかの原因があったと言えますが、大きな原因としてコロナ中のロックダウンや(職種によって)ワクチンの義務付けからくる強烈な圧力を経験したこと、そして先住民問題以外でもこれまでに色々な問題(移民、酪農、外国資本、不動産、税金、若者の犯罪など)に対して、政府の対応に不満を積らせ信頼度が低くなっていることがあげられます。それに加えて、オーストラリア人は、普段から必要に応じて苦情を良く言い、また自分なりの答えを持っているという国民性、ディベート番組がテレビ放送であったこと、11名のアボリジナルの上院議員と国会議員が既に存在すること、当事者(アボリジナル人)の声を取り入れたこと、賛成派の理由は不明瞭で、反対派の理由は明瞭だったことも挙げられます。
 
反対派のアボリジニ人代表であるジェシンタ・プライス上院議員は、様々なメディアやディベートに参加し、「ザ・ボイスが今現在ある問題を解決することにはならない」と訴え続けました。同氏は、「私たちは、いつまでも被害者意識を植え付けられることから抜け出したい」「植民地化の時を終えて前に進みたい」と他のオーストラリア人と同じ条件でこの土地で生きていく姿勢を見せました。
 
日本の先住民族問題との相似点、未来への警告というテーマで思いつくこと
オーストラリアで行われたザ・ボイスは単なる選挙ではなく、オーストラリア人にとってとても大事な出来事でした。私たち日本人がここから何かを学べるのだとすれば、それは「目の前の決断の意味を問い、そして疑う」ことでないでしょうか?
 
同じ日本という土地に住む人達の中で、分断させられる動きや、加害者&被害者を作る動きには要注意が必要です。本当に、その対象とされている人のためになるものでしょうか?その動きを支持している人は誰でしょうか?誰が得をして、誰の力を弱めるのでしょうか?その先にはどんな続きがあるのでしょうか?大事なことを話し合うことなく一部の人に勝手に決められていないでしょうか?
 
わたしたち日本人も、家族や友人、そして国民同士でしっかりと話し合わなければならないと思います。自分で決断するために、両者の意見や両サイドの当事者の声を聴くこと、メカニズムや仕組み、また世界を知ることで短絡的な結論を出さずに済むはずだと思います。

BACK