TRANSLATED ARTICLES

明るい北朝鮮?シンガポールを知っていますか?

明るい北朝鮮?シンガポールを知っていますか?

2024年4月10日
大下千恵(シンガポール在住)

 
シンガポールはマレー半島の南端に位置する東京都と同じ程度の面積しかない都市国家です。世界中から大企業、大富豪が集まり、今やシンガポールを象徴とするマリーナベイサンズホテルや、その対岸の金融街に高層ビルが立ち並ぶ近未来都市に見えるかもしれません。
 
ただし、このような輝かしい発展を建国わずか59年足らずで成し遂げた土台の部分に興味が向く人は少ないかと思います。
 
罰金制度やデモ禁止、言論の自由が制約されて、国民が政府の管理化に置かれている『明るい北朝鮮』であると日本では揶揄されているようですがその実態はどうなのでしょうか。
 
シンガポールの歴史:
 
1819年、人口150人程の島に東インド会社のトーマス ラッフルズが上陸、植民地化を開始します。その立地のメリットを活かし中継貿易地点として急速に発展。当時はイギリスの占領を受けていました。大東亜戦争開始後、一時的に日本軍に占領されますが、終戦後はマレーシア連邦の1州となります。マレーシア連邦はマレー系を優遇する政策(ブミプトラ政策*)をとっていたため、中華系が多数を占めるシンガポールと、マレー系の対立が勃発し、マレーシア連邦はシンガポールを州から除外して追い出してしまいます。
 
国土も、資源も、産業も軍事力もないシンガポール。そして国内に潜む共産主義者の存在。窮地に落とされた人民行動党(People’s Action Party, 以下PAP)の初代首相であり若干42歳のリー・クアンユー氏は独立会見で涙を流していました。しかしそこからシンガポールはリー氏を中心に快進撃を開始。2007年には一人当たりのGDPが日本を抜いてアジアで最も裕福な国の一つ*となりました。
 
リー・クアンユーモデルとは:
 
シンガポールをはじめとするインドネシア・フィリピン・タイなどの東南アジア諸国は以前、開発独裁*という手法を取っていました。開発独裁とは、経済発展の為には「政治的安定」が必要であるとして、国民の政治参加を著しく制限。 また、そのような政治運営を通して達成した経済発展の成果を国民に分配することによって、独裁の正当性を担保としている政治体制のことです。シンガポールは現在でもこの開発独裁を継続しています。
 
しかし独裁と言いながらもリー・クアンユーモデルでは*
①絶対的な政治的安定性のもとでの継続的かつ弾力的な国家運営
②汚職の少ない効率的な行政
③持続的な経済成長と健全財政の確立
④安全で利便に優れ,比較的清潔な都市の実現
⑤住宅政策,公共医療,年金制度など,国民への一定の社会保障
 
本来先進国の国家が成し遂げるべきとされる役割を、リー・クアンユー氏率いるPAPは短期間かつ合理的に成し遂げることに成功しました。
 
その後、建国の父であるリー・クアンユー氏は2015年に国民に惜しまれながらお亡くなりになられましたが、生前このように述べていました。
『シンガポールに問題があれば、病床だろうが、墓に葬られていようが起き上がってシンガポールを守る。』
 
現在の日本の政治を見ていると、岸田首相や過去の日本の首相経験者でこのような言葉を語れる政治家がいるかどうか甚だ疑問に感じます。
 
今のシンガポールの輝かしい成功は、独裁的と言われたリー氏の存在がなければあり得ず、これがシンガポール近代史の歴史であり事実であります。
 
Singapore is a FINE city:
 
Fineには素晴らしい、または罰金という意味があり、これはシンガポールの街中のあちこちに罰金の看板があり細かいルールが存在していることを意味しています。
 
例えば、
– ゴミを道に捨てれば罰金(S$2000)
– 公共の場所に唾を吐いたら罰金(S$2000)
– 鳩に餌をあげたら罰金(S$2000)
– トイレを流さなければ罰金(S$1000)
– 家の中で裸でいるところをご近所さんに見られて通報されたら罰金(S$2000)

など信じがたいものまであります。
 
明るい北朝鮮?シンガポールを知っていますか?
また死刑制度はもちろんのこと、鞭打ちの刑も存在します。
 
とりわけ薬物の密輸に対しての刑罰は大変厳しく500グラム以上の大麻密輸で死刑が科される可能性があり、昨年執行された死刑は全て麻薬に関連していました*。
 

また鞭打ちについても、最近のニュースで教え子にイタズラをしたとして、元教師に3年6ヶ月の懲役と、S$2500の罰金、更に8回の鞭打ちの刑が課せられています*。(鞭打ちは1回打たれるだけでも失神する受刑者もいて回数をわけて執行されます)
 
2021年の世論調査*では、73%以上の国民がこの死刑制度には賛成しており、治安の維持のためには厳罰があることは致し方ないと考えているようです。
 

シンガポールは中華系(75%)はじめ、マレー系(14%)、インド系(9%)など様々な人種、宗教が混在し、多様性を受け入れている国家なので、もしそれぞれが自分たちの勝手なルールや、主張を押し付けはじめれば、今のように治安が良く、美しい街並みを残しながら急速な発展はしていなかったかと国民が理解している結果ではないかと思います。
 
今後外国人移民増加が予想される日本でも早い段階でしっかりとした法整備をしない限り、現在ヨーロッパ各国で発生しているような無秩序状態が起こると思われます。
 

シンガポールの外国人労働者について :
 
2023年9月より外国人労働者のEmployment Pass申請の審査が厳格化されました。
明るい北朝鮮?シンガポールを知っていますか?
これはシンガポールでは国を上げて「シンガポール・コア」というスローガンのもと、外国人については専門的なスキルがある人材のみを厳選して雇用すべきという方針です。中でも、Fair Consideration Framework(公平な選考に関するフレームワーク)と呼ばれる人材募集や採用選考に関するルールは厳格で、外国人を採用する際、シンガポール人を少なくとも平等に採用選考しなければならないとされています。
 

シンガポール人に対して「不公平」や「差別的」だと当局によって判断された場合は、外国人の就労ビザ発給・更新の停止や、企業代表者の禁固刑といった厳しい罰が与えられることもあります*。
 
リー・シェンロン首相はかつて記者会見時(2008年頃)に
 
『外国人労働者はbuffer(調整弁)である。景気が悪くなれば真っ先に解雇されるのは外国人労働者であり、シンガポール人に選ばれた私が国民の利益を優先するのは当たり前のことである』と明確に述べています。
 

またシンガポールでは上記労働許可書以外にも、新興国からの低所得者を建設現場作業員や住み込みのメイドとして雇用する場合のビザ(Work Permit)もあります。
 
シンガポールの大多数の一般家庭では住み込みのメイドさんがいますが、そのメイドさんが永住者以外の子供を妊娠した場合(半年に1度の健康診断と称した妊娠検査)には強制送還されるなど外国人労働者には厳格な措置をとっております。
 
昨今日本でも外国人労働者問題が議論されていますが、日本とは異なりシンガポールはあくまでも自国民ファースト政策をとっています。
 

シンガポールは一党独裁?
 
シンガポールは一党優位政党制 とういう制度をとっております。建国以来PAPが絶対多数を占め政権を握っているとは言え、選挙はしっかり行われており、投票率は90%以上、投票は国民の義務として投票日は休日です。
 
建国以来、PAPが国会で絶対多数を占めることが当たり前となっていましたが、2020年のコロナ禍中の選挙では変化の兆しを予感させる結果になりました。リー・シェンロン首相(リー・クアンユー氏の長男)率いるPAPの得票率が、史上3番目に低い61.2%に低迷し、獲得議席数も前回同様の83議席にとどまりました。この獲得議席数は、前回の選挙区選出議員定数である89議席が、今回は93議席に増員されていたので、実質的な停滞に終わりました。
 
明るい北朝鮮?シンガポールを知っていますか?
従来、シンガポールにおける政治システムは、与党絶対優位のなかでPAPのエリートによって運営され、総選挙はこれに白紙委任を与えるだけのパフォーマンスにすぎませんでした。しかしこうした従来の国民の意識が変化し,若い世代を中心にPAP離れが進みエリート政治にNoをつきつけた結果となりました。
 
現にPAPが結党70周年を迎える2024年11月前には、首相の座を副首相兼財務大臣で庶民派と言われるローレンス・ウォン氏に交代すると発表しました。 これは「リー王朝」の終わりを示唆する政治の転換期になる可能性があります。
 
日本でも若い世代が政治に関心を持ち、投票権を行使すれば独裁とまで言われたPAP政権に起こったような新しい風が吹き、政権内の自浄作用が働く可能性があることを示唆しています。
 

最後に
 
独立当時、土地も資源もないシンガポールはその生存をかけ卓越したリーダシップを発揮し、時には独裁と批判されながらもこの国を輝かしい発展に導いたリー・クアンユー氏。しかし時代の流れと共に「明るい北朝鮮」と揶揄された国家のあり方について国民からは変化を求める声が大きくなってきました。そしてPAPはその民意を無視することなく柔軟に受け入れ、あくまでも自国民ファーストという姿勢は崩さず、新たな未来都市国家モデルへと変貌させようとしています。また賛否はありますが世界的な潮流であるグローバル化に向け、シンガポールは先陣を切って日々進化しており、これから益々発展が期待されるのではないかと思います。
 

次回はシンガポールの金融・年金制度を紹介する予定です。日本の経済不振、デフレ脱却のヒントになればと思います。
 

参考 ・引用資料

ブミプトラ政策(Wikipedia)

IMF調査:1人当たりGDPでシンガポールが日本を抜く-日経

開発独裁(Wikipedia)

久末亮一『転換期のシンガポール―「リー・クアンユー・モデル」から「未来の都市国家」へ』日本貿易振興機構アジア経済研究所

Capital punishment in Singapore

Jail, caning for male ex-teacher who molested 13 secondary schoolboys from CCA group he coached

シンガポールの就労ビザの特徴と取得のコツをご紹介【2024年】

シンガポールEmployment Pass – Complementarity Assessment(COMPASS)制度について知っておくべきこと

SURVEY ON SINGAPORE RESIDENTS’ ATTITUDES TOWARDS THE DEATH PENALTY 2021

BACK