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2021.06.20

【人民解放軍はなぜヒマラヤ国境から撤退したか
インドにとってクアッドの価値】

2021/06/20 台湾軍事ニュースネット

 

中国の「力で現状を変更しようとする試み」に対して、それに対抗しようとする国は単独で当たるより軍事同盟や準同盟を構築し、多国籍チームで中国人民解放軍に対抗しようとしていることが最近の国際情勢から見て取れる。それは日本国内で報道されるニュースしか見ていなくても分かると思う。

ただどうしてもイギリスの空母やフランス軍と自衛隊の軍事演習などの方が、ニュースバリューがあるのか日本国内での報道量が多い。しかし恒常的に東アジアでの力のバランスを考えると、キーを握るのは南アジアの大国インドだ。インドは日米豪印戦略対話(クアッド)のメンバーで、積極的に中国に対抗している。というか、陸海で中国の圧迫を受け、対抗せざるを得ない。日本のマスコミの論調は「インドがクアッドに消極的だ」というもので、それを首脳会議の直前まで流していた。その分析はインドの伝統的非同盟主義の過大評価と、インドが現実に受けている圧力の過小評価の結果だと思う。ここでは資料に基づいて事実を明らかにし、正しい現状認識ができるように議論を進めていきたい。

インドと日本の関係

大東亜共栄圏と極東裁判:

大東亜会議は1943年(昭和18年)11月5日 – 6日に東京で開催されたアジア地域の首脳会議で、近代史上初めて有色人種のみが一堂に会して行われた首脳会議だ。当時イギリスの植民地支配下にあったインドからは、日本と協力しイギリスからの完全独立を目指す自由インド仮政府首班のチャンドラー・ボースが参加している。チャンドラー・ボースは新宿中村屋と縁があり、カレーは今でも中村屋の名物だ。このチャンドラー・ボースとの縁がクアッドに結び付くとは当時は誰も思わなかった。(参考資料:1)

大東亜戦争(太平洋戦争・第二次世界大戦)は、日本がポツダム宣言を受け入れることで終戦を迎えた。そのポツダム宣言の条件として日本は極東軍事裁判(東京裁判)を受け入れたわけだが、その裁判が事後法であり、国際法に則ってないと判事の中で唯一日本の無罪を訴えたのは、インド出身のパール判事だ。靖国神社にはパール判事の顕彰碑も建っている。法理論から言えばパール判事の意見は全く正しいが、目先の復讐心に燃え理性を失った当時の連合国はパール判事の正論に耳を傾けなかった。また現在に至るまで極東裁判の欺瞞性に対する反省はおこなわれていない。ここでインド人は目前の利益よりも根源的な正義と論理に重きを置く人が多いということが言えると思う。(参考資料:2)

インドの戦略的価値

地政学的価値:

インドおよび周辺のバングラディッシュ、パキスタン、スリランカ、ネパール、ブータンなどの国を総称して、インド亜大陸の諸国と呼ぶことが多い、英語では、Indian Subcontinentと表記される、これらの国々は日本と、日本がエネルギーの88%以上を依存する中東諸国との間に位置する。(今年の速報によると90%超えになっている)。

 

俗にいうシーレーンだ。中東を出発した日本の石油タンカーは、ペルシャ湾からオマーン湾、アラビア海、ベンガル湾を抜け、アンダマン海から地政学的チョークポイントのマラッカ海峡へと入っていく。マラッカ海峡を抜けた船はシンガポールを回り、南シナ海、東シナ海へと進むわけだ。中国は日本の経済活動をコントロールするため南シナ海を自国の領海化して、石油タンカーや他の海上物流を手中に収めようとしている。

 

【人民解放軍はなぜヒマラヤ国境から撤退したか<br> インドにとってクアッドの価値】

インドの価値だが、アンダマン海、ベンガル湾でインド軍が制空・制海権を確保すれば、有事に於いて日本や友好国の船は安全に通過できるが、中国の石油タンカーや他の貨物船の通行を阻止することができる。中国は日本と同じくらいエネルギーを中東に頼っているのでその効果は大きい。(参考資料;3)

水資源としてのヒマラヤの価値:

インドが資源大国とは意外だが、雪が大量に降るヒマラヤは水資源の宝庫だ。そのヒマラヤの北側、中国領のタクラマカン砂漠で、シリコンの材料になる良質な石英がたくさん採れると主張する分析もある。中国がさらなる国家産業の発展を狙うなら、ヒマラヤの水資源が必須であるということは、シリコン製造の実現性は別としても、理解できる。(参考御資料:4)

中国の進出とインドの対抗戦略

ベンガル湾やヒマラヤ国境に人民解放軍の進出:

2018年に「国際情報ネットワーク分析 IINA」というサイトで、米国ハドソン研究所の研究員が、11隻の人民解放軍の軍艦がインド洋に進出したと述べている。それ以外にもスリランカの港湾を軍事基地化しようとする目論み、またミャンマー領のマラッカ海峡の西の入口ココ諸島に軍の通信施設を設置したりしている。インド軍によると「中国の艦艇はインド洋に常時8隻を展開させている状態になっており、その中には原潜や通常型潜水艦も含まれる」、と述べている(参考資料:5)

また昨年(2020年6月)には、インドが中国と国境を争うヒマラヤ山脈地帯で両国軍が衝突し、インド兵が20人以上死亡している。死者が出たのは、過去45年以上で初めてだ。インド外務省は「ガルワン渓谷の実効支配線(LAC)を順守するとした合意を中国が破ったためだと主張している」と英BBCが報じた。(参考資料:6)

インドの対抗戦略:

ネール首相以来インドは非同盟路線を貫いてきたわけだが、インド洋とヒマラヤ国境の両面での人民解放軍による圧迫のため、次の文書から非同盟を捨て反中国包囲網につく決断をしたように見える。
インド国家安全保障顧問アジット・ドーバル氏がインドで最大の発行部数を誇る《The Times of India》に投稿し、次のように述べている。
「孫氏の兵法にあるように『敵の弱点を突く』ことが大事だ。『自分の土地だけでなく、相手の側でも戦うべきだ』」 。

また、ニティン・パイ所長(シンクタンク・タクシャシラ研究所)は、ファイナンシャル・タイムズに次のように語った。「ヒマラヤ国境の安全は、実際にはマラッカ海峡の東にある。1つの地域で問題を解決できない場合は、戦場を拡大する必要がある。」(参考資料:7)

インドはクアッドの枠組みに則り、日本の仲介もあり、そりの合わなかったアメリカと関係を改善し軍事協力を深めていった。アメリカ製艦載機の調達検討や、軍事GPSを使ったミサイル精度向上など、どれも中国に脅威を与えるものだ(参考資料:8、9、10)

安倍前首相の貢献:

インド国内では伝統的非同盟主義を捨てクアッドに参加することに対して、官僚組織の反発が大きかったようだ。それを乗り越えたのが、安倍前首相とモディ首相の信頼関係で、安倍前首相はゲスト出演したYou Tubeチャンネルで次のように語っている。

「モディ首相は日本と強い関係を結びたかった。しかし第一次安倍政権では、局長級レベルの会談までだった。インド国内で伝統的非同盟主義を根拠に官僚の反発は強かったし、中国の圧力もあった。それを選挙で単独過半数を取ったモディ首相が乗り越えた。」(参考資料:11)

クアッドの軍事的側面の成果として、日米豪印の海上軍事訓練マラバールが、昨年11月に2週間にわたり開催された。日本からは、護衛艦「おおなみ」、「むらさめ」などが参加し、インド海軍からは、空母、潜水艦を含む多くの艦船の他に航空機も参加する大掛かりなものであった。これはインド洋に展開する人民海軍に比べてはるかに大きな勢力で、中国に対する大きな圧力となったと思う。(参考資料:12)

クアッドの最終的な仕上げとして、首脳会談が今年2021年の3月12日に開催された。直前まで日本のメディアは、インドの参加が危ぶまれると報道していたが、これは伝統的非同盟主義を過大評価しインドが受けている中国からの圧力を過小評価したものだと思う。

外務省の発表文書によると「日米豪印は基本的価値を共有し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の強化にコミットしており、4か国の協力を一層強化していくこと、法の支配、航行・上空飛行の自由、紛争の平和的解決、民主的価値、領土の一体性といった原則を支持することで一致した」としている。また「菅総理からASEANや欧州を含む国際社会と連携の必要性を提案し、4か国の首脳は合意した」と記録されている。(参考資料13)。

中国の撤退とその後

ラダック地方からの撤退合意:

今年2021年2月の12日にインドメディアで突如、ヒマラヤ国境パンゴン湖での中印両国軍の完全撤退が大きく発表され、中国メディアが後追い報道をした。インド側の報道の調子としては、「人民解放軍を追い出した」という勝利宣言で、中国側の発表は、今回の撤退は1日でできたので、1日で戻れるという、悔しさのにじみ出たものだった。詳細であるが、中国軍は湖の北岸のフィンガー8の東に移動、インド軍隊は常設基地フィンガー8近くのダンシンタパポストに配置、フィンガー4とフィンガー8の間の施設は解体段階、2020年4月以降建設された建造物はすべて撤去というものだった。(参考資料:14)

 

人民解放軍の反攻の準備:

昨年4月に人民解放軍が停戦協定を破り軍をすすめたわけだが、それは今年4月に元の線に戻るという協定でケリがついたように見えた。しかし実は人民解放軍が合意にある「ホットスプリング」と「ゴグラポスト」からの撤退を拒否して、火種は残っている。(参考資料15)
また、この紛争地から一番近いホータン(和田)にある軍用空港を拡張し、早期警戒管制機やJ-20戦闘機をあらたに配置していて、インドは警戒を強めている。

おわりに

国際情勢に明るい人でもアメリカやヨーロッパには注目しているが、インドやその周辺に対する関心は低いと思う。ただ昨今の中国の「力で現状を変更しようとする攻勢」に対しては、日米同盟だけでなく、オーストラリアとアジアの大国インドを加えて考えないといけないと思う。また今回は記述しなかったが、パキスタンやバングラディッシュ、それに中国に港湾を乗っ取られそうになっているスリランカの情勢にも注意を払っておかないと、インドの動きは読めない。またインドは伝統的にロシアの兵器を導入してきたし、今回のインドでの新型コロナの感染拡大を受けて、プーチンは積極的にワクチン外交を展開している。この論文が皆さんのインドに対する関心を高めることに貢献できれば嬉しい。

参考資料
参考資料1(日本語):大東亜会議。Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/大東亜会議

参考資料2(日本語):パール博士顕彰碑
http://tokyowanyosai.com/sub/ibutu/sekihi/kinen-146.html

参考資料3(日本語):エネルギー白書 一次エネルギーの動向、経産省資源エネルギー庁、
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2012html/2-1-3.html

参考資料4(英語):Why India’s Ladakh Region Is Crucial For China’s Rise As An Economic Super-Power?、The EurAsian Times、June 7, 2021、
https://eurasiantimes.com/why-indias-ladakh-region-is-crucial-for-chinas-rise-as-an-economic-super-power/

参考資料5(日本語):軍事化するインドと中国のパワーゲーム―日本にとっての意味、国際情報ネットワーク分析 IINA、
https://www.spf.org/iina/articles/nagao-india-powergame.html

参考資料6(日本語):インドと中国、国境付近で衝突 インド兵20人以上死亡か、BBC Japan、2020年6月17日、
https://www.bbc.com/japanese/53074215

参考資料7(中国語・台湾):印度前進南海攻陸不備?專家警告3年後本土遭殃、中時新聞網、2020/11/06、
https://www.chinatimes.com/realtimenews/20201106003379-260408?chdtv

参考資料8(英語):India-US 2 plus 2 on Oct 26-27, geospatial pact BECA to be signed、Hindustan Times、Oct 05, 2020、
https://www.hindustantimes.com/india-news/third-india-us-2-2-talks-likely-on-october-26-27-pact-on-geo/story-fSBiUWocOwIZ9wfgzw8d4K.html

参考資料9(中国語・台湾):波音爭取印度艦載戰機訂單 測試F/A-18E滑跳起飛、中時新聞網、2020/12/16
https://www.chinatimes.com/realtimenews/20201216004747-260417?ctrack=pc_armament_headl_p01&chdtv

参考資料10(英語):India Fires Agni-5 Ballistic Missile from Mobile Launcher、Defense World Net、10 Dec, 2018
https://www.defenseworld.net/news/23860/India_Fires_Agni_5_Ballistic_Missile_from_Mobile_Launcher#.YNMh52gzbIV

参考資料11(日本語動画): 生田よしかつチャンネル、2021/4/27、
https://youtu.be/2P-RIlH-j74

参考資料12(日本語):日米印豪共同訓練(マラバール2020)について、海上自衛隊、2020/11/17,
https://www.mod.go.jp/msdf/release/202011/20201117.pdf

参考資料13(日本語):日米豪印首脳テレビ会議、外務省、2021/3/13
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/nsp/page1_000939.html

参考資料14(英語):India-China disengagement at Pangong Tso to be over by this week、DNA、Feb 15, 2021、
https://www.dnaindia.com/india/report-india-china-disengagement-at-pangong-tso-to-be-over-by-this-week-2875479

参考資料15(英語):Army buys 17 boats to move troops faster at Pangong Tso amid India-China stalemate at LAC、The Print、June 12,2021
https://theprint.in/defence/army-buys-17-boats-to-move-troops-faster-at-pangong-tso-amid-india-china-stalemate-at-lac/676250/

参考資料16(中国語・台湾):對付印度 衛星照曝陸西部邊境空軍戰力驟增、中時新聞網、2021/06/17
https://www.chinatimes.com/realtimenews/20210617001491-260417?ctrack=pc_armament_headl_p02&chdtv

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