TRANSLATED ARTICLES

インドの行政サービスにおけるリープフロッグ現象

2021/06/27 小林充明

 

今回は、https://gulfnews.com/の中の2018年8月15日に書かれたAmitabh Kant氏による記事[1]を紹介しよう。ここではDigital IndiaによるIT化の政策が、多様な産業群だけでなく行政までもその構造を変革し、先進諸国を凌駕する構想となり、その成果を産み出しつつあると報じた。これは行政サービスにおけるリープフロッグ現象[2]ともいうべきものである。

 

『インドの技術的リープフロッグ化』

 

インド政府のデジタル化とAIへの取り組みは遠隔地をつなぎ、公共事業をサポートし、より良いガバナンスを確保しながらシームレスで迅速なサービス提供の手段を提供している。インドで現在起きている社会・政治・経済の分野での大規模な変革の多くは、下に挙げる国民総ID化などのICT技術を活用することで、地理的・物理的なアクセスや接続性の問題を回避し、国内の大部分の地域をヒンドゥナショナリズムなどの主流派の議論から分離させ[3]、多くの行政サービスや経済的に恩恵に恵まれない人々にそれらのアクセスの機会を提供することで達成されている。

 

Digital Indiaプログラムでは、対策本部(作業部会)が設置され、ICTをベースとした安全性の高いデジタルプラットフォームを設計している。このプラットフォームは、市民と政府のインターフェースを継続的に改善し、接触を減らしてデジタル化することで、一般市民が公共財やサービスを簡単に利用できるようにし、ビジネス取引を簡素化し、教育からエンターテインメント、フィンテック(スマートフォンを使った送信技術などのITと金融の融合)から農業に至るまで、さまざまなサービスの機会を拡大する。

 

氏によれば、「インドは、10億の携帯電話、10億の生体認証、10億の銀行口座を持つ世界で唯一の国である。インド人の98.1%が所得税をオンラインで支払っており、すべての取引がデジタルの公的財務管理システムを介して行われている」という。UPI[4]、Bhim[5]、BBPS[6] などでデジタル決済が大々的に推進されており、Ayushman Bhara Yojana[7]では、プライマリーヘルスセンターやコミュニティヘルスセンターと地方病院がデジタルで結ばれている。5億人のインド人をカバーする50万ルピーの健康保険構想[8]とともに、ペーパーレス、キャッシュレス、ポータブルなスキームによって医療が確保される。Aadhaarと連動したヘルススタック[9]は変革をもたらすのである。

 

次のステップは、人工知能(AI)システムやブロックチェーン技術のメリットを享受する段階に移行することである。AIはその必要性と適用性において、公共サービスや情報への需要が最も高く、物理的なアクセスが最も困難な国内の遠隔地において、より緊急性を帯びている。

 

AIは公共事業やサービスの提供をさまざまな側面から支援し、さらには必要としている人に焦点を当てた技術を提供することができる。氏はインド経済に欠かせない農業分野を挙げ、「土壌の状態から過去の気象パターンまで、さまざまな要因をリアルタイムで監視・予測することで、農家や行政に警告を発し、タイムリーな介入を可能にする。このようなモデルは、作物保険の精度を高め、保険料を下げ、ひいては所得を向上させることができる。

 

また、農村部の教育においても、AI技術を活用することで学習成果の地域特有の強みと弱みを予測し、同様に農村部の人々が移住を減らし居住地の近くで雇用できるようなスキルを見分け、開発するのを助ける。無人航空機システム(UAS)[10]は、市民サービス、農作物の健康、河川のマッピングと洪水予測、鉱業、交通と群衆のコントロール、森林と氷河の保護など、情報に基づいた意思決定を行うためのAI技術につながる適切なデータポイントを迅速に生成し、これにより政府が運営する市民サービスの質を一層高め、管理を容易にすることができる。」と述べている。

 

またブロックチェーン技術の早期導入は、Digital Indiaにとって重要である。それは、信頼できる唯一の情報源(SSOT)[11]を確保し、透明性の高い監査記録を残すことで、豊富で迅速な照会を可能にする。これがインドにとって非常に重要な意味を持つのは、銀行、市民関連の記録、商取引、保険などの他にも、物流、政府との契約、補助金や融資の支払い、送金の追跡などにも利用でき、ガバナンスや行政をより強固で迅速なものにすることができるからである。Digital Indiaは、デジタルサービスをすべての市民が平等かつ無条件に利用できる公共財にするのにもう少しのところまで近づいている。

 

2018年時点で、「すでに10億人の携帯電話加入者がおり、人口の35%がインターネットにアクセスでき、PoSマシン[12]は1年で約2倍に増え、人口の99%がAadharの適用を受け、3億1千万以上のJan Dhan[13]アカウントが作成されていた」ようである。437のスキームで実施されたDirect Benefit Transfer(直接現金給付)[14]は、9,000億ルピー近くの節約に貢献し、約3,000万枚の重複または偽の配給カードを無効にし、約4,000万件のLPG接続の重複を取り消し、昨年1年間で納税者数を2倍以上に増やした」といった行政コストの効率化も可能になった。

 

インドは長年にわたり複雑な国家であり、庶民が政府のサービスを利用するのは困難であったことがむしろデジタル化への方向を進めた。ICTを活用した多様式のPro-Active Governance and Time Implementation(PRAGATI)プログラム[15]により、モディ首相は中央と州のレベルの役人と直接やりとりし、ボトルネック[16]を解消し、さまざまな社会経済プロジェクトの迅速な実施を実現している。首相は26の会議の議長を務め、その結果、10兆ルピー以上のプロジェクトを現場レベルで検討することができた。

 

これらは、行政やガバナンスにデジタル化を取り入れることで得られる直接的かつ測定可能な成果の一部である。国の持続的かつ公平な成長を実現させるためにデジタル技術を活用し、生活のしやすさを向上させなければならない。あらゆる部門を越えてデジタル技術が急速に導入されたことで、物事が簡単になり、人が介入するすべての形式が排除されている。これは、ガバナンスの効率性と有効性に大きな影響を与える。

 

以上見てきたようにインドという国家は、デジタル化という技術的なリープフロッグ化を国家規模で達成することで、オールドインディアをニューインディアに変革しようとしている。記事は3年前のものであるが、その時点ではコロナ禍を経験してはいない。それ以前にあった貧困や公衆衛生の劣悪環境といった社会的に大きくのしかかる課題の認識(危機感)と、それに対する改善への要望が、技術的な変革のみならず、社会構造の変革をも促進している要因であろう。

(了)

 

[1] https://gulfnews.com/travel/destinations/the-technological-leapfrogging-of-india-1.2266220#

 

[2]リープフロッグについては以下を参照。https://palette-in.jp/20171218-105-leapfrog/ また以下のような指定もある。https://off.company/leapfrogg

[3]ICT技術による旧態依然としたインドの持つイメージからの脱却を指す。例えば、以下を参照。https://diamond.jp/articles/-/118786https://www.sankeibiz.jp/workstyle/news/190714/ecd1907140902001-n1.htm

[4]Unified Payment Interface (UPI)については、https://www.axion.zone/indian-successful-unified-payment-interface/ を参照。

[5]Bharat Interface for Money (Bhim)については、https://www.bhimupi.org.in/ を参照。

[6]Bharat Bill Payment System (BBPS)については、https://www.bharatbillpay.com/ を参照。

[7]Ayushman Bharat Yojanaは、インドにおける医療サービス向上に向けたスキームのことである。以下を参照。https://dresources.jp/archives/7911

[8]この構想に関しては、このような指摘もあった。https://www.cnn.co.jp/world/35126062.html

しかしながら改善を繰り返し果敢に課題に取り組んでもいる。

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00093/051500012/ を参照。

[9]Aadhaarは、生態認証の国民ID制度であるが、こんな記事もある。

https://wisdom.nec.com/ja/collaboration/2019051701/index.html

また、ここでの「ヘルススタック」は、インディアスタック(デジタル公共財)のヘルスケア面での活用、すなわち国民健康IDを指す。以下を参照。https://www.indianewsnetwork.com/ja/20200817/understanding-what-national-health-id-announced-by-pm-modi-means

[10]ドローンと考えてよい。

[11] https://admin-it.xyz/management/what-is-ssot/

[12]販売時点情報管理端末のことを指す。

[13] Pradhan Mantri Jan Dhan Yojana(PMJDY)といい、皆口座制度のことを指す。詳しくは以下を参照。https://www.cgap.org/sites/default/files/researches/documents/Brief-Indias-Push-for-Financial-Inclusion-Feb2017-Japanese.pdf

[14]直接現金給付については、https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/04/34289ac4be5b9577.html を参照。

[15]直訳すれば、「先回りしたガバナンスとタイムリーな実行」であるが、モディ首相は、全国各州のトップ行政官との月例ビデオ会議を行っている。

BACK