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習近平を取り巻く権力闘争(後編)

2021/06/27 橋本 秀行

 

今回は、習近平を取り巻く権力闘争の最終章である後編(香港編)について書き綴って行きたい。前編(https://www.sanseito.jp/translation/1659/)で主に習近平派閥(太子党)と、元国家主席の江沢民派閥(上海閥、以下、上海閥)との権力闘争に焦点をあて、中編(https://www.sanseito.jp/translation/2169/)ではもう一つの派閥、前国家主席の胡錦濤氏(以下、胡氏)が属している中国共産主義青年団(以下、団派)との権力闘争に焦点をあてた。

 

その意図の1つとして感覚値ではあるが、まだまだ日本人の多くが中国は習近平政権の独裁だと信じている方々が多いと感じていることが挙げられる。そうではなく、中国も国内権力闘争の矛盾を外にそらす為に、日本や米国を仮想敵国として攻めているという側面があるということを見逃してはいけないと思う。したがって、今回のシリーズで書き綴った3つの勢力による権力闘争を日本人は冷静に捉え、逆に中国に分断工作を仕掛けるレベルの気概が必要だと筆者は考えている。

 

話を今回の後編(香港編)に戻すが、2年前の2019年に起きた香港デモの発端となった逃亡犯条例改正案。このデモの背景にも習政権と上海閥の権力闘争があったと筆者は考えている。実際、香港は長らく上海閥の牙城であり、上海閥のNo.2のポジションであった曽慶紅元国家副主席(以下曽氏)の強い影響力の下に置かれていた。

 

「大紀元傘下『新紀元週刊』誌はかつて、1997年香港返還の前に香港の実務を担当する部門は江沢民氏(以下、江氏)の下に置かれたと報じた。報道によると2003年江氏が国家主席を退任後、江氏の側近中の側近の曽氏がその部門のトップとなった。このため香港の各界は曽氏にあいさつするために、続々と北京に訪問した。訪問した人の中にマフィア総指揮の幹部もいたため、香港市民は、中国共産党を暴力団と喩えて『(裏社会の幹部は)、頭(である曽)にあいさつに行った』と皮肉った。

 

しかも、北京を訪問したある一人の香港芸能界の有名人が曽と記念写真を撮った。その写真の中で、この芸能人は、手のひらを内側に向けたVサイン、いわゆる相手を侮辱する『裏ピース』を示した。これで、香港メディアに連日追及された同芸能人は、記者の質問に対して思わず曽氏のことを『阿公』と呼んでしまった。香港語の『阿公』はマフィアの間で使われている言葉で、裏社会で最も地位が高くて、最も影響力のある人物を呼ぶときに使う。」

 

尚、胡錦涛氏と温家宝氏(共に中国共産主義青年団(以下、団派))が中心であった前政権で、両氏が軍部や諜報機関を掌握できなかったのも江氏と曽氏が両機関に多大な影響力を持っていたためだと考えられる。実際、国家安全部(公安を含む警察機関)と人民解放軍(軍部)の諜報機関を抑えていた両氏は、党中央や各省の責任者の行動を監視できる立場にあり、何かあったらそれらの機関を使って政敵を失脚させるために両機関を動かしていた節がある。

 

つまり、胡氏が手出しできなかった制服組のトップ(中央軍事委員会副主席)2人(徐才厚氏、郭伯雄氏)と国家公安部・石油閥を抑えていた周永康氏を習氏が失脚させたことに対して、胡氏が胸のすく思いであったのではないかと前編で記載したのには、こういった事情が背景にある。

 

香港では、第1次習政権(2012‐17年)時、曽氏から香港の権限を引き継いだ張徳江氏(第1次習政権で序列3位/上海閥(以下、張氏))と曽氏の子飼いで香港特別行政区長官の梁振英氏(当時)が引き続き上海閥の“代理人”として権力を握っていた。

 

習氏も1次政権時はまだ権力を掌握しておらず、介入するには時期尚早と考えていたのではないかと筆者は考える。実際、第2次習政権(2017‐22年)時の2018年、米国の共和党下院議員約150名が参加して纏めた報告書に、チャイナ・セブンの1人であり、且つ、張氏から香港の権限を引き継いだ韓正氏(第2次習政権序列7位/以下、韓氏))の名前が制裁リストに加わっていた。

 

つまり、習政権は当時のトランプ政権の助けを借りながらも、上海閥にプレッシャーをかけていた節がある。実際Nspirementの記事によると、韓氏自身、オーストラリアに婚外子(隠し子)がいるだけでなく、海外資産として35億ドル(約3,500億円/1ドル=100円換算)を隠し持っていると報道されている。

 

ただ、そのような権力闘争の裏側には、長年香港で行われていたマネーロンダリング(以下、マネロン)が関係している。表に出せないような資金のやり取り(麻薬、人身・臓器売買、武器密輸等)をあたかも正式な企業間のやり取りに見せかけて“綺麗な”お金に変えるマネロンは、フロント(ペーパー)カンパニーを経て行われる。

 

実際、ロイターの記事によると、マネロンの基準を評価する国際機関である金融活動作業部会(FATF)は、「香港は、マネロンに関係する資金の移動の摘発を容易にするために正式な手続き(手段)を踏んだ上で、中国(メインランド)との協力関係を向上させるべき」と述べている。

 

また、マネロンを使って海外に資金を移し、私腹を肥やしていたのが上海閥ではないかと筆者は考えている。実際、米国に亡命中の中国の富豪の郭文貴氏(以下、郭氏)によると、江沢民一族の海外資産は1兆ドル(約100兆円(1ドル=100円換算))で、すでに約半分にあたる5,000億ドル(約50兆円(1ドル=100円換算))がマネロンを通して資金洗浄されたと述べている。

つまり、香港でのマネロン摘発を通して香港に逃げている上海閥を本国に送還し、上海閥の資金源を絶つことが目的で逃亡犯条例改正案を通したかったのではないかというのが筆者の推測だ。

 

また、距離的な要素もあるが、北朝鮮も香港でのマネロンを通して国際金融システムにアクセスしていた。CNNによると、「ワシントンに拠点を置き、安全保障問題をデータに基づいて分析する非営利企業C4ADSは、2016年の報告書で、香港にある160の北朝鮮のフロント企業を特定。また、制裁対象となっている北朝鮮と関連する香港の企業を100以上特定した。」

 

加えて、「北朝鮮貿易で長年、主役の地位にあった丹東港集団が、2017年11月に中期債券債務不履行(デフォルト)と報じられた。東北アジア経済圏の中心、北朝鮮との国境に位置する丹東港の管轄権を持つ同集団の王文良会長は、クリントン財団の元幹部で選対幹部も務めた『クリントン夫妻の側近中の側近』バージニア州のテリー・マコーリフ知事への違法な選挙資金提供の疑いで、2016年6月、米連邦捜査局(FBI)と米司法省によって調べられていることが報じられた人物である。」尚、上述した失脚前まで軍のトップであった徐才厚氏、郭伯雄氏と国家公安部・石油閥を抑えていた周永康氏は、北朝鮮とズブズブの関係であったがために粛清された面も否めないだろう。

 

最後に、今までの習政権の上海閥への粛清を通して、第1次習政権時にチャイナ・セブンに3人居た上海閥が、第2次習政権で1人も居なくなったことからも、上海閥の影響力はかなり下がっていると筆者は考える。しかし、上海閥の影響力が下がった利権に習政権に近いものが配属されたのでは、利権が上海閥から習政権に移っただけで余り意味がない。むしろ、権力のバランスを考えると、習政権の更なる権力の集中は、本当の意味での中国独裁に繋がる恐れがある。そのため、冒頭で述べたとおり、3つの勢力による権力闘争を日本人は冷静に捉え、逆に中国に分断工作を仕掛けるレベルの気概が必要だと筆者は考えている。

 

出典 : REUTERS /2019/09/05

Extradition from HK to mainland China would help fight money laundering: FATF

https://jp.reuters.com/article/us-hong-kong-moneylaundering/extradition-from-hk-to-mainland-china-would-help-fight-money-laundering-fatf-idUSKCN1VP25N

(一部参照)

 

【参考URL】

1.REUTERS 「江沢民派ナンバー2の逮捕は近い?習近平政権、内外情報機関の取り締まりを強化(1)」

https://jp.reuters.com/article/idJP00093300_20170626_00120170625

2.産経新聞 「暗殺におびえる習近平国家主席の胸算用 関係最悪の北朝鮮には震える?」

https://www.sankei.com/article/20180203-2R547DHGLJLFDPHYTLCR5QCIX4/3/

3,香港ポスト「「韓正氏が香港マカオ事務の主管に就任」

https://www.hkpost.com.hk/20180413_8529/?fbclid=IwAR0fyOqYLMQMH2-uGFKzvfqgn_qyfQ1LvTwpIN28IgA1-JEz-_txIX25TaI

4.夕刊フジ 「米国がカギ握る香港情勢 中国共産党幹部ら「将来の逃亡」に強烈な打撃か」

https://www.sankei.com/article/20150810-SBUT5KBY5NIIDGRG4XVAEALVRQ/2/

5.CNN 「Hiding in plain sight: Why Hong Kong is a preferred spot for North Korea’s money launderers」

https://edition.cnn.com/2017/10/16/asia/hong-kong-north-korea/index.html

6.Nspirement「End of the Gravy Train for CCP Officials as Overseas Assets Are Targeted」

https://www.nspirement.com/2020/06/29/end-of-the-gravy-train-for-ccp-officials-as-overseas-assets-are-targeted.html

7.Excite ニュース「『江沢民ファミリーの海外資産は1兆ドル』郭文貴氏が暴露」

https://www.excite.co.jp/news/article/EpochTimes_43371/?p=2

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