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2021.07.19

ナノテクノロジー時代の戦略

2021/07/19 山下 政治

 

ナノとは、1メートルの1/1000が1ミリでその1/1000がミクロンでその1/1000がナノである。1メートルの10億分の1という想像もつかないくらい小さい単位だ。その1/1000にピコという単位がある。印刷をするインクジェットプリンターのインクの制御はいまや数ピコリットル単位で印刷する。

 

半世紀も前、米国の映画「ミクロの決死圏」というSF映画があった。ミクロサイズにする技術が完成し潜航艇に乗った医者が潜航艇もろともミクロ化され注射器で人の体内に入り外科手術を行う内容の映画だった。ストーリーはもっと複雑なのだが小さくなって体内に入って治療するという流れの映画で未来はこんなことができるようになるのかな〜と感慨深かった思い出がある。

 

半導体の仕事をしている筆者は半導体を形成する配線パターンが細線化されていく歴史を目の当たりにしてきた。1985年からこの業界で仕事を始めたが、当時は1ミクロンだった配線パターンは現在世界最先端の製造技術を持つ工場では5ナノ〜3ナノの配線パターンを形成する。やはり「ミクロの決死圏」は夢物語ではないと思わせる技術の進化だ。

 

半導体のような電子回路ではなくMEMS (メムスと呼ぶ) という微細加工技術がある。Micro Electro Mechanical Systemの頭文字を取ってMEMSと言う。数ミクロンというサイズの中で駆動するマシーンを形成する技術だ。今後ナノテクノロジー時代における戦争の未来形がどのように変えられていくのか、というレポートがスイスに拠点を置くグローバルジャーナルに掲載されている。

 

「市街地の偵察やサンプリングのために米国陸軍により開発された全長7.5cmほどの『ナノエアビークル』と呼ばれるものがある。米国防高等研究計画局が開発したプロトタイプ『ハミングバード』はさらに小型化され昆虫のような小さな戦闘航空機になる可能性がある。

 

このようにナノテクノロジーの利用はステルス、精密誘導弾、UAV (無人機またはドローン) などの既存の兵器技術を究極に進化させることを可能にする。それは戦闘活動や情報・監視・偵察活動の際に兵士に透明性という究極の保護を与えることになる。指揮官はいつでも、どこからでも誤差の無い機械的精度でターゲットを暗殺することができる。[1]」としている。

 

さらにグローバルジャーナルは「そのような『スマート・ウェポン』を使えば民間人の犠牲を減らす、あるいは完全に避けることができるのは確かで、その意味では今後の戦争はより人道的なもになっていくことが期待されるかも知れない。しかし同時に人と向き合うことなく生存の機会を与えることすらなく人を殺すことができるということは、人間の良心がどこにあるのかが問われることになるのかも知れない。[1]」とナノ兵器使用においての長所と短所を打ち出している。

 

これらスマート・ウェポンであるナノ兵器に欠かせない技術は前述のMEMS技術であると筆者は考えている。現在このMEMS技術は圧力センサー、ジャイロセンサー、加速度センサー等自動車の車載センサーとして幅広く使用されている。これは人間でいえば神経の入力部である。日本はMEMS技術を使用した各種アプリケーションを非常に多岐にわたって研究開発から生産までを行っている。前述の車載用センサーの他マイクロポンプ、超小型マイクロフォン、果てはプレパラート上で行えるマイクロ化学プラントもある。

 

筆者はこれらMEMS製造するための「SOIウェーハ」と呼ばれる基板をシリコンバレーの工場で製造し日本の産業技術研究所や大学、電機メーカーに少量での供給サービスを行っている。同盟国以外のエンドユーザーへの供給は一切しない方針である。
しかしながら技術立国でなくてもこれらナノテクノロジーは「習得が難しい技術ではない。実際、メキシコ、タイ、インド、イランなど、多くの後発国や新興国がナノテクノロジー産業に多額の投資を行っている。中国もまた、ナノテクノロジー開発の先進国の一つだ。[1]」

 

技術的後進国あるいは新興国の投資がどれほどナノ兵器開発に注がれているのかは不明だが、「むしろ、ステルス技術、レーザー技術、ロボット技術などの既存の兵器技術を獲得した上で、ナノテクノロジーの応用を組み合わせることが課題となる。[1]」

このようにナノテクノロジーそのものは半導体技術と同様にそれ自体では無害だが、如何に兵器に応用しそして大きなシステムに統合されることにより新しい機能や効果を生む可能性を持つことか。こう言った意味ではナノテクノロジーはこれから軍事的状況を変える可能性を大いに秘めている。

 

空母・フリゲート艦・潜水艦・戦闘機・ミサイルといった長大兵器の進化と同時にナノ兵器の開発も始まっている。ナノ兵器はLAWSと総称され (Lethal Autonomous Weapon Systemの略) 偵察、監視、追跡から攻撃まで可能な自律型兵器で不特定多数を相手にする長大兵器とは異なりピンポイントで狙い撃ちする戦略が可能となる。

 

「近い将来、多くの消費者製品にナノテクノロジーが搭載されることが予想され、技術的に進んでいる国とそうでない国の両方で、ナノテクノロジーの軍事的応用のペースが加速することであろう。精密な攻撃や情報取得技術など軍事能力を究極の形にまで高めるためにナノテクノロジーを活用することは、戦争の定義や戦い方を再考するきっかけになるかもしれない。[1]」

(了)

参考文献
[1]The Global Journal. The Future of Nanotechnology in Warfare
https://www.theglobaljournal.net/article/view/1132/index.html

画像
https://jpt.spe.org/dawn-mems-sensors-directional-drilling

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