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2021.11.23

技術・研究に対する補助金

2021/11/23 山下政治

技術・研究に対する補助金
米議会で研究技術産業に対する大規模な新規補助金を含む法案「The United States Innovation and Competition Act」が上院で可決された。この法案には全米科学財団へ810億ドル、半導体へ520億ドル、その他様々なプログラムへの補助金数十億ドルが含まれる。

しかし「政府の補助金はしばしば有害な副作用を引き起こす。研究への補助金を増やすと民間の研究を駆逐することがあり、また市場を価値の低い方向に誘導する」とCATO研究所は指摘し「研究者は官僚に縛り付けられる可能性もある。」とも言っている。

研究や技術開発には多大な資金が必要であるが出資した資金に対するリターンの期待はほとんどないのが研究開発費の常なのだ。

半導体企業家のT.J.ロジャース氏は自分の業界への補助金に反対する意見を以下のように述べた。

「1987年セマテックコンソーシアムは5億ドルの政府資金を使い始めたが、業界には何一つ効果はなかった。」

セマテックコンソーシアムとは官民一体の半導体開発部隊で当時インテル、モトローラ、ナショナルセミコンダクター等大手米国半導体企業と政府が一体となって日本に対抗する半導体技術開発のための組織だった。日本はこれに対抗すべく同様のコンソーシアム「セリート」を組織し次世代半導体開発を行った。筆者は当時セリートとの研究開発をサポートしデータ取りなどに協力したことがある。前述のT.J.ロジャース氏のコメントにもある通り、補助金というものははたして業界に何かしらの効果があったのかと首を傾げたことを思い出す。
「半世紀以上にわたって政府が大学の研究に資金を提供してきたにもかかわらず、半導体、農業、医薬品などの研究の生産性は全体的に低下している。また、1960〜70年代に技術的基盤が作られたインターネットが1990年代に商用化された以外、この30年間で科学をベースにした新しい技術はほとんど生まれていない。例えば、リチウムイオン電池、有機EL、太陽電池などは、日本、韓国、中国の企業が商品化したものだ。」とCATO研究所のレポートは嘆いている。

さらに嘆きは以下のように続く;

「一流の科学者を対象とした調査によると、ノーベル賞を受賞した研究でさえ、過去に比べて技術的なブレークスルーが少なくなっているようだ。

さらに、これらの賞のいくつかを詳しく見てみると、研究の多くが大学ではなく企業の研究所で行われていることがわかる。例えば、2000年以降に受賞したノーベル物理学・化学賞のうち、リチウムイオン電池、LED、電荷結合素子、レーザー、集積回路、光ファイバーなどの分野では、受賞者17人のうち9人が企業の研究所で研究を行っていた。」

また、同レポートは助成金がリスクの低いプロジェクトを好むと指摘している。「生化学、生物学、コンピュータサイエンス、物理学などのノーベル賞受賞者は、助成金の発行機関がリスクの低いプロジェクトを好むため、受賞した研究への資金提供を拒否され仕事を得ることができない物理学者さえ存在すると主張している。今日の状況では、すべてのプロジェクトが成功しなければならない。そのため、私たち科学者は、前進する道が明確で、肯定的な結果がほぼ確実に得られかつ限界のある、漸進的なテーマのみを研究する以外にないのだ。」

かつて米国では「基礎研究のほとんどが大学ではなく企業で行われていた。1940年代から1950年代にかけて、トランジスタ、レーザー、LED、磁気ストレージ、原子力、レーダー、ジェットエンジン、ポリマーなどを生み出した。企業の研究所で基礎研究を行った方が、大学で行うよりも有用な結果が得られる可能性が高いという構造があった。」

このように米国では有用で結果が得られる研究開発が肯定されるようだ。研究し開発された技術が即座に市場に乗るような案件でないと資金提供が拒否されるため結果として目の前のリスクの少ない研究開発への投資となる。しかし将来に向かって有用で結果が得られる研究開発が何なのかは誰もわからない。基礎研究の何が将来有用になるのかは未来にならなければわからないのである。ノーベル賞を受賞する科学者は長い年月をかけて黙々と研究開発に没頭するものなのである。企業はそんな研究開発費用には投資できない。政府からの助成金はやはり必要だが米国における助成金には多々問題が生じているようだ。

 

さて日本においては自民党内で「半導体戦略推進議員連盟(半議連)」が発足し5兆円規模の半導体産業への補助金の法案を国会に提出する準備をしている。

かつて1980年代の日本の半導体は世界市場の50%以上を占有し日の丸半導体として業界を席巻したものだが今や半導体製造においては見る影もなくなってしまった。半議連がかつての日の丸半導体復活のために補助金を準備してくれることを望むばかりだ。

問題は政府からの助成金となると官民一体化事業となり、第三セクター事業になることだ。第三セクター事業の結果をみれば明らかであるように成功例は少ない。この点においては米国と差して変わらない仕組みとなっている。研究および技術開発は企業に任せ政府はその内容については一切口を出さず資金のみ融通する方が有益な研究開発ができると考える。企業はやはり利益を追求しなければならず、投資に対するリターンの期待の少ない研究開発費は縮小せざるを得ないのである。

今回の半議連の提唱する補助金は、将来に向けた次世代最先端半導体が日本で開発され大いに国益のためになるものと信じている。5兆円規模の半導体産業への補助金が利権の温床になり、研究者が官僚に縛られるような前述の「米国の嘆きの補助金」にならないよう有効利用してもらいたい。

 

 

参考文献

CATO Institute, May 25, 2021, https://www.cato.org/blog/subsidizing-research-technology

画像

https://www.photo-ac.com/main/detail/5055183

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