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2022.10.10

先端電池技術の憂鬱

先端電池技術の憂鬱

 

2022/10/10 山下 政治

 

自動車産業のEV化が加速している。SDG’sの音頭の元、内燃機関であるエンジンから排出される二酸化炭素を忌み嫌い電気自動車を推進しているがその電気を作るのは石油・石炭・天然ガス等の化石燃料であることは、エンドユーザーである一般大衆は理解しているのだろうか?

 

米国ハドソン研究所の昨年の記事によると「電気自動車には、コストの30%を占めるリチウムイオン電池が搭載される。EV市場の拡大に伴い、EV用リチウムイオン電池の需要は急増し、2025年には約330%の需要増が見込まれている。」

 

EVに不可欠なリチウムイオン電池の需要が急増している。EVのみならず太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは電池がなければ電気を使うことができない。電気は生ものと同じで作ってもすぐになくなってしまうため蓄えておかなければならない。ただ再生可能エネルギーの利用は費用対効果においては全く意味がない。

https://www.sanseito.jp/translation/3262/

 

リチウムイオン電池のような先端電池技術は石油の利権と同様に新たなエネルギー競争の中心となりつつある。現在先端電池のサプライチェーンの全体を握っているのは中華人民共和国である。「この競争はリチウムイオン電池の原料となるリチウム、ニッケル、コバルトなどの重要な鉱物から始まる。北京は長年にわたり、中国の大手鉱業会社が世界各地の重要鉱物の生産や、それらの資源の精製・加工をコントロールすることを奨励してきた。」

 

これら先端電池製造に必要な原料のサプライチェーンの現状を把握しておこう。

 

<コバルト>
コバルトはリチウムイオン電池の中で最も問題のある原料である。コバルトの生産はコンゴ、ザンビア、パプアニューギニアの鉱山で採掘するがコンゴは未だに児童労働が行われていて人道的観点から問題視されている。コンゴのコバルト鉱山最大規模14鉱山のうち8鉱山はチャイナが握っている。電池に使用するためには化学処理・精製が必要でチャイナはコバルト供給の化学処理・精製工場の82%を占めている(2019年)。そしてわずか3社のチャイナ企業が世界のコバルト総生産の46%を占めている。

 

<リチウム>
リチウムは中南米とオーストラリアに集中しており「中国企業がこれらの国での採掘事業を買収し、供給の多くをコントロールするまでになった。例えば、中国の大手鉱山会社である天機(てんき)リチウムは、世界最大のリチウム埋蔵量を誇るオーストラリアのグリーンブッシュ鉱山に51%の出資をしている。同じく中国の鉱山大手であるGanfeng Lithiumは、オーストラリアのMt.Marion鉱山にある世界最大級の高品位埋蔵量の50%を確保する契約を2019年に完了した。これらの取り組みの結果、中国は現在、世界のリチウム供給量の70%を直接または間接的に支配している。」

 

<黒鉛>
電池の負極材料に使われる黒鉛は「世界の天然黒鉛の採掘量の約65%を中国が占めている。」
黒鉛を電池に使用するには精製する必要があり、天然黒鉛は精製して球状黒鉛にするかもしくは合成する。チャイナは世界の合成黒鉛の80%、球状黒鉛においては100%を占有し米国も大半をチャイナから調達している。

 

<マンガン>
「電池の材料として重要なマンガンについても同様である。中国のマンガンの採掘量は約7%とごくわずかだが、化学精製プロセスの93%を支配している。米国は1970年以降、マンガン鉱石を国内で生産しておらず、全面的に輸入に頼っている。」

 

以上のように先端電池材料はほとんどがチャイナの手にある。当然材料だけ持っていても良質の電池を作れるのかという懸念はあるがサプライチェーンの根っこをおさえられていることは事実だ。
また、チャイナは電池の組み立てをも支配しつつあり、世界で稼働している電池製造の181カ所はチャイナが握り米国は10カ所に留まっている。

 

先端電池に必要な鉱物資源をチャイナに握られるということはSDG’sの推奨する「環境に優しい生活環境をというプロパガンダによる経済の移行を目指す取り組みはチャイナの人質となり」先進国経済の競争力を低下させる。

 

冒頭で述べたようにEV市場は拡大し続け、2025年には今の330%の需要が見込まれるのが先端電池である。その大半を現状ではチャイナが占める。そしてハドソン研究所のレポートによれば、先端電池は「商用利用だけでなく、電池はさまざまな防衛用途にも利用される。米軍は、インド太平洋地域などでエネルギー需要が高まる中、分散して活動するために先進的な電池を必要としており、また、次世代の防衛技術の多くは電池に依存している。」
国防総省では「ウェアラブル用の小さな電池からエネルギー貯蔵用の巨大電池まで数千種類もの電池を使用する」。戦場での電池の使用は今後急増するとみている。化石燃料からのエネルギー供給はわずかしか改善しないが、電池からの電気エネルギーは電力の流通性を向上させるのである。つまり化石燃料からのエネルギーは他のエネルギーに変換できないが、電池に蓄えられたエネルギーは別の形に変えられる。たとえばガソリンというエネルギーは内燃機関の動力にはなるが、ノートパソコンを動かせない。電池は現場で他のシステムを動かすプラットフォームになるのである。電池に蓄えられたエネルギーは「衛星通信端末、兵士システム、人工知能のための高性能エッジコンピューティング、無人システム、電磁戦システム(高出力マイクロ波兵器と指向性エネルギー兵器の両方を含む)など様々なシステムに電力を供給したり、充電したりすることができる。要約すると、バッテリー駆動の軍用EVはドライブトレインを超えて使用するためにエネルギーを分配することができるモバイルエネルギーノードと見做すべきである。」
米軍の無人システムおよび無人システムに対抗する兵器は遠く離れた紛争地域での活動が可能となり「分散型作戦コンセプトへの移行と米軍による無人システムの増加は作戦環境においてエネルギー需要が急激に増加していることから 飛躍的に増加するエネルギー需要に対応するため、より弾力性のあるバッテリー サプライチェーンが必要となる。」このように将来的な軍事設備が先端電池に移行するのである。そしてその大半の先端電池サプライチェーンがチャイナに依存しているということは軍事的に不利な状況となる。

 

EVから派生した電池へのエネルギー転換はチャイナを戦略的優位性に移行させてしまうことになる。
先端電池は我々に様々な生活環境を変えるエネルギーであると同時に今後の軍事装備は電池が動力エネルギーになり、その大半の材料や製造工場がチャイナに依存している現状をどのように打開するのか、これから考えていく必要がある。

 

参考

https://s3.amazonaws.com/media.hudson.org/Hamilton%20Commission_Powering%20Innovation.pdf

 

写真

バンプーが中国の江蘇省で稼働させたリチウムイオン電池工場(同社提供)

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