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政府職員へ分断的研修、大統領が勧告

2020/09/28 飛高 祥吾

 

2020年9月4日、アメリカ合衆国連邦政府の各行政機関に対して一通の通達が送付された。送付元はアメリカ合衆国内閣の行政管理予算局ラッセル・ヴォート局長であり通達の内容はトランプ大統領の一つの懸念である。
懸念の内容は、連邦政府の行政機関の各職員に対し、分断的かつ反米的な研修を施すために毎年何百万ドルもの税金が使われているというものである。そして通達はそのような研修の中止を告げていた。

通達では、これらの研修では「実質的にすべての白人は人種差別に貢献している」ということや「人種差別から利益を得ている」といったことが言及されているとのことである。またこれらは「白人の特権」といわれるテーマに関連するものであり、「米国が本質的に人種差別的または邪悪な国であるといった考え」や「特定の人種または民族が本質的に人種差別的または邪悪であると示唆」されているとのことである。そしてこのような研修の背景にあるのが批判的人種理論であると言及されている。

この批判的人種理論とは、奴隷制の廃止さらに公民権運動を経てなお存在する米国内の人種間の格差を背景に1980年代より米国のロースクール内で隆盛した理論である。この理論は単に学問的認識のみを含むものではなく、さらに人権のための行動とその手段を含むものである。また、米国内の人種差別を、米国の社会、文化、政治の中に構造的に存在するものと捉え、米国内には見えるものも見えないものも含め種々様々な差別のシステムが埋め込まれていると考える。

そして多様性にまつわる様々な研修やトレーニングを通じ執拗かつナイーブに各受講者の内面に埋め込まれたレイシズムを受講者自身に発見させかつ問題化させようとする。このような理論のもとでは、米国の白人とは構造的に人種差別から利益を得るものであり、生まれながらにレイシズムの罪を背負うものとされる。白人として生まれた者が反レイシズムとなるためには、この白人としての原罪に目覚め生涯に渡り解消されないこの問題に向き合い続けることが求められる。

では大統領はなぜこのような理論と研修を問題視、危険視しているのか。
トランプ大統領の政治基盤である米保守派の考えるアメリカとその建国の理念とは、各人の差異を自明のこととしつつ、またそこから生じる軋轢も当然のこととしつつ、自由や民主主義といった理念のもとに能動的に参加することによって成立する国家、共同し作り上げるアメリカであろう。

対して批判的人種理論は白人であることの原罪を浮き彫りにしようとし、白人は社会構造から来る矛盾を社会構造の問題として以上に自らに内在する罪として引き受け続けなければならない。このような罪を想定する批判的人種理論にとって、アメリカの建国の理念を尊重するというようなことは無批判的で欺瞞に満ちた行為となる。そしてそれは存在する人種差別やその人種差別のもとに苦しむ人々を無視し、人種差別を増長することを意味する。

批判的人種理論に基づく人々にとって、保守派とは、種々に埋め込まれたレイシズムに目をつむり、それも含めた現状を無批判に肯定するものに他ならない。彼らにとり現状のアメリカとはレイシズムを内包したものであり、現状のあるいは建国以来のアメリカの連続性とはレイシズムそのものである。結果たとえどのようなかたちであれ現状や連続性の破壊はその維持よりも望ましいものとなる。連邦職員が以上のような考えを一方的に吹き込まれた状態にいるとするならば、それは大統領にとって脅威に他ならないということになる。

しばしばトランプ大統領のもとアメリカの分断が深まったと言われる。ではこの通達もトランプによる敵の設定でありアメリカの分断を激化させることによる自己の権力基盤の強化と見るべきだろうか。確かにトランプ自身の意図はおいておくとして、一面から見る場合そのように見えることもあるだろう。しかし現実はより複雑である。たとえば、もし今回の通達を分断の激化、敵の想定による自己の権力基盤の強化と見るならば、同時に批判的人種理論が無意識に持ちうる現存する国家と共同体への破壊衝動の危険性に対する危惧と見なければならない。

今回の通達では最後に、米国内の各個人に対してその公正かつ平等な待遇のために大統領が取り組んでいることが言及された。もし我々が批判的人種理論の主張を知るならば同時に、批判的人種理論が特権階級である白人、特に白人男性に内面的な反省と原罪の意識を求めいささか言葉を強く言えば特権階級と想定される人々を引きずり落とすことで人種差別の是正を図るのに対して、トランプ大統領側が人種、宗教、信条に関係なくアメリカ人である限りで受けるべき恩恵を受けることができなかった人々をむしろ引き上げることで問題の解決を図ろうとしているという見方も知る必要がある。少なくともこの分断といわれる状況が向かい合った単純な二項対立ではないことを理解する必要はあるだろう。

9月4日に引き続き、17日には愛国的な教育を促進するための委員会の設立と親米的なカリキュラムの開発のための助成金の創設、22日には、4日の通達の範囲を連邦政府と契約関係にある業者および連邦助成金の受領者にまで拡大する大統領命令が発表された。日本の国民である我々も引き続き状況を注視していく必要があるだろう。

出典URL
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2020/09/M-20-34.pdf

参照URL
Office of Management and Budget
https://www.whitehouse.gov/omb/

Remarks by President Trump at the White House Conference on American History(2020/9/17)
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-white-house-conference-american-history/

Executive Order on Combating Race and Sex Stereotyping(2020/9/22)
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/executive-order-combating-race-sex-stereotyping/

 


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