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2023.07.14

アメリカで孔子学院問題に取り組む「全米学者協会(NAS)」とは

アメリカで孔子学院問題に取り組む「全米学者協会(NAS)」とは写真:孔子学院のロゴ
 
【連載】孔子学院問題
第1回:アメリカで孔子学院問題に取り組む「全米学者協会(NAS)」とは
 

令和5年7月12日
藤野 はるか

 
令和5年6月21日に閉会した第211回国会(常会)に参政党の神谷宗幣参院議員から提出された質問主意書は32本。そのうちの「我が国に設置された孔子学院に関する質問主意書」(質問第63号、4月26日)は5月12日付の読売新聞などに取り上げられた。
【質問主意書】 我が国に設置された孔子学院に関する質問主意書 | 参政党 (sanseito.jp)
 
「政府は12日、中国政府が出資し、世界各国の大学に設置されている孔子学院について、2023年4月時点で早大や立命館大など国内の少なくとも13大学で設置されているとする答弁書を閣議決定した。参政党の神谷宗幣参院議員の質問主意書に答えた。」
中国政府が出資の孔子学院、早稲田や立命館など13大学で確認…政府答弁書 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
 
さらに読売新聞は5月31日付で以下のように報じている。
 
「政府は、中国政府が出資し、日本国内の大学に開設している『孔子学院』の透明性確保に乗り出す。孔子学院を巡っては、中国の対外世論工作を担っているとの懸念があり、政府は各大学に情報公開を促し、動向を注視する考えだ。」
 
たった一人しかいない参政党の国会議員が提出した質問主意書が政府を動かした好例であるが、この記事は以下のように締めくくられている。
 
「全米学者協会によると、米国内の孔子学院は昨年8月の67か所から、今月18日時点で47か所に減った。カナダ、フランス、ドイツなどでも閉鎖が相次いでいる。」
政府、孔子学院の実態把握へ…欧米は「中国のプロパガンダ機関」と規制強化 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
 
神谷宗幣参院議員の質問主意書でやっと日本でも少しずつ認知され始めた孔子学院問題。しかし日本のメディアはその疑惑を「中国の対外世論工作」、「プロパガンダ機関」としか紹介せず、これだけで孔子学院の具体的な危険性を想像できる日本人はほとんどいないだろう。そこで筆者は記事に紹介されていた「全米学者協会(National Association of Scholars、以下NASと記す)」のウェブサイトを参照することにした。本連載は、NASが2017年、2022年に発行したレポートと毎月のように投稿される記事から見えてきた孔子学院問題の本質、アメリカでの孔子学院をめぐる攻防を、日本人に分かりやすく解説することを目的としている。第1回の本稿では、NASとはどのような組織なのかを紹介する。
NASのウェブサイト:National Association of Scholars | NAS
 
「全米学者協会」と日本語で検索しても、それがどのような組織なのか全く情報がない。新聞などの報道では「全米学者協会」という日本語訳をあてているが、それが正式名称なのかさえも不明である。しかしアメリカでの孔子学院問題では必ずと言っていいほど名前が挙がる組織である。
 
そこでNASのウェブサイトおよび英語のウィキペディアから、NASがどのような組織なのかを以下にまとめてみた。
 
NASは自らをこのように定義している。
 
「全米学者協会(NAS)は、第501条C項の規定により課税を免除される非営利団体で、高等教育の改革を目指している。知的自由の発展、真実の追求、道徳的な市民権の推進を促すリベラルアーツ教育の規範を支持する。我々は大学教職員、学生その他の人々の学問の自由を守り、学問の自由と品位や大学の中立性に影響を及ぼし得る事象について調査し、その調査結果を、詳細な報告書として公開する。また国民に対して、政治的な啓蒙活動を行い、リベラルアーツ教育と学問の自由を保護する。」
 
なお、リベラルアーツとは「特定の職業のための実用的な技能知識ではなく、歴史、語学、文学のような、純粋で幅広い教養を学生に身に付けさせるための大学の科目」を意味する。
LIBERAL ARTS | English meaning – Cambridge Dictionary
 
NASは1987年、スティーブン・H・バルチ氏(1944年生まれ、元ジョン・ジェイ・カレッジ教授)によって設立された。彼がNASを設立した動機は、1980年代に大学の学問が細分化されたことに加え、ポリティカル・コレクトネスの台頭により、リベラルアーツ教育に代表される、幅広い知識や教養を学べる大学が減ったことに危機感を感じたことである。現在、NASは全米46州に支部を持っており、全米の大学教職員等約2500人が会員となっている。NASはポリティカル・コレクトネスだけでなく、批判的人種理論、性の多様性、アファーマティブ・アクション(日本語では「積極的是正措置」と呼ばれるもので、具体例として1960年代からアメリカの大学入試において行われてきた特定の人種グループを優遇する措置がある。2023年6月29日、アメリカの最高裁はハーバード大学とノースカロライナ大学の入学試験で採用されている人種を理由とするアファーマティブ・アクションは法の下の平等を定めた憲法修正第14条に反するとして、違憲判決を下した)、多文化共生についても否定的な立場を取っており、それらの影響を受けないリベラルアーツ教育を支持、推進している。
 
バルチ氏は2007年11月、ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)から、全米人文科学基金(The National Endowment for the Humanities, NEH)の審査に基づき、全米人文科学勲章(試訳、英語での正式名称はThe National Humanities Medal)を授与された。これは国家の人文科学に対する理解を深め、国民の人文科学への積極的な関与を促した個人や団体、組織に与えられるもので、バルチ氏の授賞理由は「高等教育における高潔な伝統を擁護する姿勢」であった。これにより、NASの保守派の高等教育政治団体としての存在感、発言力も増すこととなった。
参考:Stephen H. Balch | The National Endowment for the Humanities (neh.gov)   Stephen Balch – Wikipedia
 
また、NASが大切にする価値観として、以下が挙げられている。
 
「我々が支持する学問の自由には、大学の教職員と学生が学術研究を行う自由、疑問を持ち自主的に考える自由、イデオロギーを強制されない自由を含む。(中略)現代のあるべきアメリカの高等教育とは、西洋文明とアメリカの歴史を含む必修科目の広範な理解を学生に促すことにある。(中略)リベラルアーツ教育とは、学問に必要不可欠な知識技能、ゆるぎない客観的事実、文化的な背景を提供するものであり、これは大学教育のあらゆる規範の前提となっている。」
About Us | NAS
 
これだけでNASが現代のアメリカを覆いつくしている左翼リベラルとは一線を画す保守的な組織であることが分かるだろう。またNASのウェブサイトの「政策(Policy)」欄には、以下のような記述がある。ここから、NASがアメリカの大学教育を守るために警戒すべきとしているのは外国勢力、とりわけ中国政府であることがうかがえる。
 
「連邦法:議会は高等教育に限らず初等、中等教育の改革を行い、(中略)外国勢力の教育への浸透と干渉、教育の政治問題化、教育行政の肥大化を制限することができるし、すべきである。(後略)
アメリカの国益:大学が外国人留学生に依存することを制限し、中国政府の影響を最小化すべきである。大学への外国からの贈与についての情報はすべて開示させる必要がある。非民主的な国での分校は閉鎖すべきである。奨学金や助成金についてはタイトルVI地域規定(=人種、出身国に基づく差別禁止規定、筆者注)を見直し、学内の聖域を禁止しなければならない。米国移民局(USCIC)による米国市民権の取得審査の厳格化が求められる。(後略)
大学入学試験協会:(前略)大学入学試験協会には、中国政府との関係を断ち切るよう要請する。」
Federal Legislation | NAS
 
日本では昨年、岸田文雄首相が「留学生はわが国の宝」と発言し、外国人留学生を40万人受け入れるよう関係省庁に要請したことが多くの保守層の反感を買った。他方でNASは自国の高等教育と安全保障を守るためには外国人留学生はできるだけ減らすべきだ、と提言している。この真意については、次回以降の記事で明らかにしたい。
 
岸田内閣が神谷宗幣参院議員の質問主意書に答えた通り、孔子学院の問題について、「透明性確保に乗り出」したり、「各大学に情報公開を促し、動向を注視する」など、対応するつもりが少しでもあるのなら、まずは文部科学省などの関係省庁の官僚をNASに派遣し、アメリカにおける孔子学院をめぐる動向について学ばせるべきだろう。

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