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2023.08.20

Covid-19の起源にまつわる論争の裏に見え隠れする孔子学院

Covid-19の起源にまつわる論争の裏に見え隠れする孔子学院写真:武漢のウイルス研究所/ロイター

 

【連載】孔子学院問題

第3回:Covid-19の起源にまつわる論争の裏に見え隠れする孔子学院

 

令和5年8月19日
藤野 はるか

 

 

2019年後半に中国・武漢で発生したとされるCovid-19だが、その起源は今も不明である。疑惑の目を向けられていた武漢のウイルス研究所での中立的な調査が行われることはなく、海鮮市場は閉鎖された。2020年から世界中の研究者たちがその起源について論争を繰り広げてきたが、真相が明らかになることはないだろう。このままうやむやになることで、もっとも大きな利益を得るのはもちろん中国である。

 

ウイルス学や生物学の専門家ではない筆者が今回注目したのは、これまでに世に出たCovid-19の起源にまつわる論文を発表した研究者たちのプロフィールである。具体的には彼らの所属大学とこれまでの受賞歴などである。第3回の本稿では、中国にとってもっとも都合が悪い「武漢ウイルス研究所起源説」を主張する研究者と、それを「陰謀論」だと主張する研究者のプロフィール比較を行う。

 

■武漢ウイルス研究所起源説を唱える研究者たち
数は少ないが「武漢ウイルス研究所起源説」を主張していた研究者がいる。この説を唱える研究者が少ない理由は、このような研究者の論文を載せる学術雑誌、メディアが圧倒的に少ないからだということに留意したい。その背景には、前アメリカ国立アレルギー・感染症研究所 (NIAID) 所長、アンソニー・ファウチ氏が、米国の非営利研究機関「エコヘルス・アライアンス」を経由して、武漢ウイルス研究所に資金を提供し、米国では禁止されている「機能獲得(英:Gain of Function)」をさせていた、という「疑惑」を封じようとする圧力が強かったことが推測されるが、本稿では深入りしない。(興味のある読者は、本稿最後の「参考」を参照されたい。)

 

① 2021年5月28日 英デイリー・メール紙による報道
「新しく発表された衝撃的な論文が『中国の研究者が武漢研究所でCovid-19を創り出し、リバースエンジニアリングの技術を用いて、そのウイルスがコウモリから自然に進化したように見せかけ、人工的な操作の痕跡を隠そうとした』と主張している。(中略)研究者たちはCovid-19ウイルスのサンプルに、研究所での人工的な操作でしか表出しえない『指紋』を発見したとも主張しており、これは武漢研究所からウイルスが流出したという仮説を裏付けている。(中略)研究者たちは昨年(2020年、筆者注)、ワクチン開発のためにCovid-19ウイルスのサンプルを分析している最中にこの特徴的な『指紋』を発見した。(中略)彼らはSARS-Cov-2には自然界に確信を持てる原種が存在しないことも踏まえて、このウイルスが『実験室での人工的な操作』により創り出されたことは、『合理的な疑い』を超えた明らかなことである、と結論付けた。」
Chinese scientists created COVID-19 in a lab and then tried to cover their tracks, new study claims | Daily Mail Online

 

この記事が取り上げている「衝撃的」な論文の筆者は、ロンドン大学セントジョージ校(イギリス)腫瘍学教授アンガス・ダルグレイス氏と、ノルウェー人ウイルス学博士ビルガー・ソーレンセン氏である。ソーレンセン氏は現在ノルウェーでImmunor ASという企業を経営しており、大学には所属していない。

 

マンダリン(=標準中国語、筆者注)を学びたい人のためのウェブサイトDig Mandarinには、世界中の孔子学院の一覧表が掲載されている(2023年8月15日現在、最終更新日は2023年1月7日)。ダルグレイス氏が所属しているロンドン大学セントジョージ校(英:St George’s, University of London)について確認してみると、孔子学院は設置されていなかった。なお、このサイトによるとイギリスには30の孔子学院が設置されている。
Confucius Institutes Around the World – 2023 (digmandarin.com)

 

② 2021年6月9日 英ガーディアン紙による報道
「米国のノーベル賞受賞生物学者が、自らが主張していた『決定的な証拠』が誇張であったと発言した。彼が主張していた『決定的な証拠』は、Covid-19の武漢研究所流出説の裏付けとして広く引用されていた。著名な生物学の教授であるデイヴィッド・バルティモア氏は、いわゆる『武漢研究所流出説』支持者に名前を挙げられる著名な人物のひとりであった。5月に『原子力科学者会報』(英:the Bulletin of the Atomic Scientists)に初めて引用され、その後、広く引用されるようになったが、バルティモア氏はフリン切断部位として知られるCovid-19遺伝子の持つ特定の特徴は、このウイルスは研究所内で造られ、漏洩したという仮説の『決定的な証拠』だと示唆していた。『これらの特徴は、このウイルスの自然発生説に大きな疑問を投げかけている』と彼は発言していた。」
Leading biologist dampens his ‘smoking gun’ Covid lab leak theory | Coronavirus | The Guardian

 

のちにその主張を後退させたものの、一度はCovid-19遺伝子の分析により、このウイルスが自然発生したとは考えにくい、という主張をしていた生物学者デイヴィッド・バルティモア氏の所属大学は、カリフォルニア工科大学(英:California Institute of Technology)である。上記サイトDig Mandarinで確認したところ、この大学にも孔子学院は設置されていない。

 

■武漢ウイルス研究所起源説に反対する研究者たち
① 2020年2月 学術雑誌「ランセット」に掲載された声明
Covid-19の起源を注視していた読者なら、学術雑誌「ランセット」に「武漢研究所起源説は陰謀論である」という声明を出した、エコヘルス・アライアンスのピーター・ダザック氏を含めた27名の研究者のことは聞いたことがあるだろう。
Statement in support of the scientists, public health professionals, and medical professionals of China combatting COVID-19 – The Lancet

 

この27名のうち、大学に所属している研究者は18名で、彼らの所属大学は以下の通り。

 

・ コロラド州立大学(英:Colorado State University)
・ メリーランド大学(メリーランド州、英:University of Maryland)
・ シャリテ―ベルリン医科大学(ドイツ、独:Charité – Universitatsmedizin Berlin)※
・ クイーンズランド大学(オーストラリア、英:The University of Queensland)
・ ライデン大学(オランダ、英:Leiden University)
・ エラスムス大学メディカルセンター(オランダ、英:Erasmus Medical Center)※
・ エモリー大学(ジョージア州、英:Emory University)
・ ボストン大学(マサチューセッツ州、英:Boston University)
・ マラヤ大学(マレーシア、英:University of Malaya)
・ カーティン大学(オーストラリア、英:Curtin University)
・ マサチューセッツ大学メディカルスクール(英:Massachusetts Medical School)
・ カリフォルニア大学デーヴィス校(英:University of California at Davis)
・ マウントサイナイ医科大学(ニューヨーク州、英:Icahn School of Medicine, Mt Sinai Hospital)※
・ アイオワ大学(英:University of Iowa)
・ 香港大学(英:The University of Hong Kong)
・ シカゴ大学(イリノイ州、英:University of Chicago)
・ オハイオ州立大学(英:The Ohio State University)
・ メルボルン大学(オーストラリア、英:The University of Melbourne)

 

これらの大学のうち、孔子学院が設置されている大学は、コロラド州立大学、メリーランド大学、クイーンズランド大学、マラヤ大学、カリフォルニア大学デーヴィス校、アイオア大学、メルボルン大学の7大学である。なお、18大学のうち香港大学のある香港は中国の一部であり、3大学(※印がついているもの)が医学部のみの大学であることを考えると、孔子学院が設置され得る海外の大学は事実上14大学で、そのうち7大学に孔子学院が設置されていたのは興味深い事実である。

 

② 2020年4月 学術雑誌「ネイチャー・メディシン」に掲載された論文
この論文は「SARS-CoV-2の近位起源」というタイトルで、もっとも早いタイミングで「Covid-19は自然発生したものであり、研究室起源説はあり得ない」との結論を発表したものである。世界的に有名な学術雑誌「ネイチャー」の関連誌のひとつである「ネイチャー・メディシン」に2020年4月に掲載された。

 

「ここで述べられたゲノムの特徴により、SARS-CoV-2のヒトへの感染力と伝播力はある程度説明がつく。SARS-CoV-2が意図的に操作されたウイルスでないことは証明されたが、現在のところ、ほかの起源についての仮説を証明することも反証することも不可能である。しかし、最適化されたRBDや多塩基性切断部位を含むSARS-CoV-2の特筆すべき特徴は、すべて自然界に存在する関連コロナウイルスで観察されたので、実験室ベースのシナリオはあり得ないと考えている。」
The proximal origin of SARS-CoV-2 | Nature Medicine

 

この論文の執筆者とそのプロフィールは以下の通りである。

 

・ クリスチャン・G・アンダーセン:免疫学・微生物学教授、スクリプス研究所(カリフォルニア州、英:The Scripps Research Institute)
・ アンドリュー・ランボート:進化生物学・分子進化学教授、エディンバラ大学(イギリス、英:University of Edinburgh)
・ W・イアン・リプキン:疫学教授、コロンビア大学(ニューヨーク州、英:Columbia University)なお、リプキン氏は中華人民共和国科学技術部の特別顧問に就任した経験(2003年)と中国の科学技術の発展に大きく寄与した外国人に授与される中国国際科学技術協力賞の受賞経験(2016年)がある。
W. Ian Lipkin – Wikipedia
・ エドワード・C・ホルムズ:進化生物学・ウイルス学教授、シドニー大学(オーストラリア、英:The University of Sydney)なお、ホルムズ氏が所属しているシドニー大学が受け入れ大学となっている孔子学院の提携大学は復旦大学であるが、ホルムズ氏は復旦大学の名誉客員教授でもある。
Edward C. Holmes – Wikipedia
・ ロバート・F・ゲリー:微生物学・免疫学者、テュレーン大学(ルイジアナ州、英:Tulane University)

 

アンダーセン氏は大学に所属していないので氏を除いた4名の所属大学と孔子学院の関連を確認したところ、全員の所属大学に孔子学院が設置されていた。

 

ここまでの議論で、筆者はCovid-19の起源について、中国に都合の良い主張をする研究者が孔子学院の影響を受けていると言うつもりはない。しかし、Covid-19の起源やワクチンの有効性について「自分には理系の知識がないから分からない」と自分の頭で考えることから逃げて、メディアなどでの露出の高い「専門家」と呼ばれる人々の発言を安易に信じたことはないだろうか。

 

法律学や経済学、文学のような文系の学問と違って、医学や生物学など理系分野における問いの答えは本来一つのはずである。少なくとも正反対の結論が出る場合は、どちらかが間違っているということだ。にもかかわらず、このような論争が起きるのはなぜなのか。理系の科学的専門知識がないからと思考停止せず、どのような背景を持った研究者がどのような主張しているのか、そしてそれは誰が得をする主張なのかを、「専門知識」や「エビデンス」ではなく、人間としての経験と常識をもって丁寧に観察することにより、遠回りかもしれないが、科学的真理に近づけるのではないか、と思う。

 

■参考:The fight for a controversial article (minerva.no)
ノルウェー人ウイルス学博士ビルガー・ソーレンセン氏のインタビュー記事。Covid-19の起源について、武漢ウイルス研究所流出説を唱えるダルグレイス氏との共著論文が、科学雑誌「ネイチャー」、「Journal of Virology(ウイルス学に特化した科学雑誌)」、「サイエンス」から立て続けに掲載を断られたことが明かされている。ソーレンセン、ダルグレイス両氏は、これは政治的な背景を持った不正行為であると考えている。

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